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東京地方裁判所 平成9年(わ)3910号 判決

本籍

東京都国分寺市並木町一丁目二〇番地

住居

右同

会社役員

冨田雄康

昭和一五年六月一一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官高畠久尚及び同岩山伸二並びに弁護人(私選)武本秀範各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一三〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判が確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都国分寺市並木町一丁目二〇番地一に居住し、平成七年に自己が所有する土地を売却譲渡したものであるが、分離前の相被告人渡邉威及び同村岡紀英と共謀の上、被告人の同年分の所得税を免れようと企て、右土地譲渡について、架空の土地取得費を計上する方法により所得を秘匿し、実際は、同年分の総合課税の総所得金額が九三万三六一六円の損失で、分離課税の長期譲渡所得金額が六億八七四〇万七八八四円であった(別紙1の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)にもかかわらず、平成八年三月一三日、東京都立川市高松町二丁目二六番一二号所轄立川税務署において、同税務署長に対し、平成七年分の総合課税の所得金額が九三万三六一六円の損失で、分離課税の長期譲渡所得金額が三億二五三四万一五〇〇円であり、これに対する所得税額が四八四四万二〇七三円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成一〇年押第四六九号の3、4)を提出し、もって不正の方法により、同年分の正規の所得税額一億二六三万六九〇〇円と右申告税額との差額五四一九万四八〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  第一回公判調書中の分離前の相被告人渡邉威及び同村山紀英の各供述部分

一  被告人の検察官に対する平成九年一〇月二六日付供述調書(本文三八丁のもの)

一  分離前の相被告人渡邉威(平成九年一〇月二四日付)及び同村山紀英(同月二七日付)の検察官に対する各供述調書

一  菊池敏雄、中尾道子及び冨田惠子(三通)の検察官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の捜査報告書二通

一  大蔵事務官作成の土地取得費調査書及び所得控除金額調査書

一  立川税務署長作成の証拠品提出書

一  大蔵事務官作成の留置てん末書

一  押収してある平成七年分の所得税の確定申告書(損失申告用)等一袋(平成一〇年押第四六九号の3)、同年分の所得税の確定申告書(分離課税用)等一袋(同押号の4)、同年分所得税青色申告決定書(不動産所得用)一袋(同押号の5)及び譲渡内容についてのお尋ね等一袋(同押号の6)

なお、被告人は、当公判廷等において、「当初から脱税をしようと思っていたわけではなく、不正な申告をするのか半信半疑だった」として、共犯者が不正な申告をすることにつき未必的認識しか有しなかった旨の供述をしているので、この点につき検討するに、関係証拠によれば、被告人は、本件土地譲渡に係る正規の譲渡所得税の金額が一億二〇〇〇万円余りになると認識していたところ、本件申告税額がその二分の一にも満たない約四八〇〇万円という通常では考えられない低額になっているのに対し、その報酬が四〇〇〇万円という異常な高額であることが認められ、このことのみからしても、本件共犯者らが不正手段により納税額を減らそうとしていることを被告人が分からないはずはないと考えられる上、被告人は、当公判廷において、本件譲渡所得の申告に先立ち、本件共犯者らに対し、自己の相続税の減額手続を依頼していたものの、準備時間不足などの原因でこれを諦めざるを得ない状態になった際、共犯者らに対し、「ちゃんとした正規の金額で支払う」旨を述べて依頼を断った旨を供述しているところ、このことは、その時点で既に、被告人に、本件共犯者らが不正な手段により税金を減額しようとしていたことについて認識があったことを示すものと考えられ、また、関係証拠によれば、被告人は、本件犯行において、不正な申告自体には直接関わっていなかった共犯者の渡邉威や菊地敏雄にまで高額の報酬金の分配がなされることを見抜いて、同人らから報酬金の中から合計四〇〇万円を取り戻している事実が認められるが、正規の手続を履践している場合には、このようなやり取りは通常行われないと考えられるのであり、以上を総合考慮すると、被告人は、本件犯行時、共犯者が不正な申告をすることについて明確な認識を有しながら行動していたと認められ、被告人には、ほ脱の確定的故意を優に認定し得るというべきである。

(法令の適用)

罰条 刑法六〇条、所得税法二三八条一項、二項(情状による)

刑種の選択 懲役刑及び罰金刑を選択

労役場留置 刑法一八条

刑の執行猶予 懲役刑につき刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、被告人が、いわゆる脱税請負人の共犯者らに依頼をして、土地譲渡につき、架空の土地取得費を計上して所得を秘匿し、分離課税の長期譲渡所得金額を過少申告し、所得税をほ脱した事案であるところ、被告人は、父親の財産を相続した後、その相続税納付のための借金や自らの経営する焼肉店の開店営業資金のための借金の返済に苦慮し、相続税の納税猶予を受けていた農地を宅地として売却し、その代金を相続税の残額や利子税の納付とともに借金の返済に充てようと考え、まず、共犯者らに対し、相続税及び利子税の脱税工作を依頼したが、これが失敗に終わると、今度は、右土地譲渡につき、共犯者らに対し、譲渡所得税の脱税工作を依頼して、本件犯行に及んだものであり、その犯行動機は、自らの財産的負担を軽減するために、不正な手段により国民の義務を不当に免れようとしたもので、酌量の余地はなく、その犯行態様は、共犯者の脱税請負人らに四〇〇〇万円もの高額の報酬を支払い、土地譲渡につき架空の土地取得費を多額に計上して申告するなど悪質であり、そのほ脱税額は五四一九万四八〇〇円と高額である上、ほ脱率も約五二・八パーセントであって結果も軽視し得ず、動機、態様、結果に照らし、被告人の本件刑事責任は重いというべきである。

しかしながら、他方、本件は、脱税請負人である共犯者らの主導の下に敢行されたものであって、被告人にはその脱税方法の詳細まで知らされていなかったこと、被告人は、右のとおり、共犯者らに高額の報酬を支払い、自らの利得額は一八〇〇万円余りに止まるところ、現在までに、修正申告を済ませ、本税、延滞税、加算税、地方税合計九七〇六万三二〇〇円を全額納付済みであること、被告人には、二五年以上前に業務上過失傷害による罰金前科一犯があるのみで、それ以外の前科前歴がないこと、被告人は、当公判廷において、反省している旨を供述していることなど被告人にとって有利に斟酌すべき事情も認められるので、これらの情状を総合勘案した結果、被告人に対しては社会内での自力更生の機会を与えるのが相当であると判断し、懲役刑についてはその執行を猶予することとし、主文掲記の量刑をした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役一〇月及び罰金一五〇〇万円)

(裁判官 成川洋司)

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